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東京高等裁判所 昭和35年(う)2397号 判決

被告人 二宮武士

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

第一点について

原判決の援用する原審第二回公判調書に記載された証人春名健一の供述中同証人がタクシーの運転者から聞いたという本件の事故を起した車はカゴメソースの車であり、接触したのを見たとの趣旨の言葉は、刑事訴訟法第三二四条第二項に規定するいわゆる伝聞供述であることは明らかであるが、右タクシー運転者は、氏名及び住居ともに不明であつて、公判準備又は公判期日において供述することはできないものであり、かつ、右運転者の供述は、犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものと解せられ、しかも、右証人の供述する当時の状況からみて、右運転者の供述が特に信用すべき情況の下にされたものと認められるのであるから、右法条によつて準用される同法第三二一条第一項第三号により、右証人の伝聞供述は、証拠能力を有するものということができる。右証人が警察官でありながら、右タクシー運転者の住所、氏名、勤務先等を確かめる方法をとらなかつたことは、捜査に従事する者として適切な措置を欠いたとのそしりを免れないとしても、これがため、所論のように、右タクシー運転者が同法第三二一条第一項第三号にいう所在不明のため公判準備又は公判期日において供述することができない場合に当らないものとするわけにはいかない。また、右証人が、事故の報告を受けて現場に赴いた上、被害者を病院に連れて行く途中において、事故の目撃者たるタクシー運転中の右運転者に出会い、同人から右のようなことを聞いたとしても、このことは、必ずしも時間的に不自然であるとはいえないから、このことから、所論のように、右タクシー運転者の供述が同条同項同号にいう特に信用すべき情況の下にされたものには当らないというわけにはいかない。また、右タクシー運転者は、事故を起した車は被告人の運転する車である旨述べたわけではないから、当時本件現場をカゴメソースのマークをつけた被告人以外の車が通つたことも考えられるからといつて、このことが右タクシー運転者の供述が特に信用すべき情況の下にされたと判断することの妨げとなるものではない。従つて、右春名健一の証言は、証拠能力を欠くものとはいえないのであつて、原判決には、所論のように証拠とすることができないものを証拠として採用した法令違反があるとはいえないから、論旨は、理由がないものといわなければならない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 尾後貫荘太郎 堀真道 堀義次)

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